 林檎とわたし(長いです)

私がはじめてMacintoshを自分で所有してからもう15年ほどが経ちます。
最初に買ったMacはPowerMac 8100/100。
当時の基準ではそれなりにハイスペックな機体で、ボーナス出たら奥さんに内緒でメモリを買うぜ、なんて話があるくらいの時代でしたので、周辺機器も合わせてなかなかなお値段。今思えば、はじめて買うパソコンはもっと手頃なやつにすればいいのに…と思いますが、若気の至りというやつでしょうか。

システムは漢字Talk7.5、メモリは15MB
容量はなんと700MB

OSのインストールもフロッピーディスクで、Illustrator5.5のインストールがなんとFDで7枚。
それもインストールするのに一日がかりで、全部のセットアップが終わるまでに数日を要したように思います。
容量など今思えばなんともささやかなスペックですが、当時Macで作ったデータはFDやMOやZIPなどのリムーバブルメディアに焼いて保存するというのが常識。CDや映像データをパソコンに取り込むなんて事を考えたこともない時代でした。

そのマシンでIllustratorやらPhotoshopやらQuarkExpressをいじりまくりました。いま程ソフトの教科書みたいな書籍もない時代、分厚い説明書を全部読み、チュートリアルも公式のものを全部やって悦に入っていたわけです。
なにが驚きって、Macが会社にたくさんあって、ひまな時にいろいろ教えてくれたデザイナーの皆さんの手ほどきによりそこそこMacの使い方を知っていたとは言え、その当時私はデザイナーでもなんでもない営業事務の仕事をしていて、将来Macを使って仕事をすることになるなんてこれっぽっちも考えていなかったのに、そんな毎日を送っていたということがびっくりです。アホじゃないだろうか。
DTPはまだ黎明期で、白黒の線や写植を貼り込んだ版下に手書きで製版指定して、フルカラーの印刷物に仕上げていた印刷界の常識が変わりつつあり、その変化の全てが刺激的で楽しかったように思います。

その頃はスティーブ・ジョブズがApple社を追われていた期間で、8100やら9200やらというマシンは「Power PC搭載」ということで話題になったものの、Appleはかなり低迷。LCシリーズやらパフォーマやら、当時のアイボリー色の機体でいろんなMacが出て、Apple以外の機体を使ったMac OS搭載互換機が出たり、黒いMacが出たり、いろんなマシンは出たもののシステム的にはたいした進化はなく、今考えても残念な時代でした。スパルタカスとは一体何だったのか(憧れたけど)

そこにジョブズ帰還とiMacの登場ですよ。
今までの事務的なアイボリー色で四角いばかりだったパソコンが、なんとブルー&スケスケ&丸くころんとした姿に。SCSIやADBなどといった煩雑なポートが一気に無くなり、USBのみというシンプルなインターフェイスに。当時まだまだ使われていたフロッピーディスクドライブも無くなり、CD-ROMドライブのみがつくように。見た目も機能もとにかく衝撃的でした。
仕事をする為の機械だったパソコンを、リビングや寝室に置いて日常で使う、というビジョンがこの時世界にやっと生まれたと思います。

その頃、ヘアドライヤーを使っていてブレーカーが飛び、8100がご臨終…。
多色展開になり価格もずいぶんこなれていたiMacのストロベリーを買いました。
それまでもMacを可愛がっていましたが、パソコンを「可愛い」と思うようになったのはやはりiMac以降。だってピンクなんですよ、パソコンが。今ならピンク色のパソコンは買いませんが、若かったので許してください。
しかしMac OSXが登場し、ストロベリーiMacに無理やりインストールを試みて爆死。悲しかったなあ。
引っ越しの度に捨てろ捨てろという思念派を全身に浴びつつも気づかぬふりをして、動かなくなった今もストロベリーちゃんだけは大事に取ってあります。

当時DTPの仕事を微妙にしたりもしていましたが、他ならぬDTPの進歩によってそれこそ専門知識の無い人でもちょっとしたデザインができるようになり始めた世界で、写植や製版、小口の印刷がだんだん頭打ちになりつつあり、デザインの経験を積んで食べていくことはこれからは難しいだろうなという危惧を感じていました。
そんな中インターネットが普及し始めて、出たばかりのFuture Splash Animator(Macromedia Flashの前身となるベクターデータのアニメーションを作るソフト。英語版)と出会いました。
その先進性に衝撃を受けた人は多く、数々の実験的なFlashアニメやサイトが目の前に次々に現れました。
そして私は「これからはWEBだ!」と思って会社を辞めてWEBデザインの専門学校に入り、その機会にPower MacG4を中古で購入。その後G5、MacProと乗り換えて今に至った次第です。

なんだかんだで今私が仕事をしていけてるのは、理数系出身でもなんでもない私が「機械」であるパソコンを「触ってみたい」「所有してみたい」とMacを欲したからであり、次々と新しいビジョンや未来を見せて憧れを持続させてくれたAPpleとジョブズと製品の数々のおかげであると少なからず思うわけです。Macが私の人生に及ぼした影響は大きく、恩があると言っても良いくらいだと思います。

AppleにはNewton(PDA)やpipin(オンラインゲーム機)など、先見の明がありすぎて売れないままフェイドアウトした製品もずいぶんありますが、インターネットが日常である生活の中でのゲーム機器、タブレット端末というビジョンは今iPhoneやiPadに結実しているのだと思います。
現在iPodやiPhoneは爆発的なヒットとなり、パソコンを専門的な難しいものではなく、ちょっと使ってみたい家電というところまで身近なものにしてくれました。いい年の老人である私の親が楽しく使っているくらいなのは本当に凄いことだと思います。

ジョブズが帰還してからのMacは本当にかっこよく、出す製品の全てが憧れでした。グラファイトのG4が出た時も衝撃的だったし、G4 Cubeなんて今見てもかっこいい。メタリックな現在のProシリーズも本当に素敵だと思います。
ジョブズはワンマンなところが批判されることがある反面、信念と美意識を妥協無く追求し続けた人。
彼の描く未来をもっと見ていたかったです。iPod発売時にすでにiTunesやiPhoneによるビジネスモデルまで想定していたであろう彼が、この先の10年分のガイドラインをすでに描き、残していることを心から期待しています。

ジョブズの成し遂げたことすべて、世界や私の人生を楽しく変えてくれたことに感謝を。
ご冥福をお祈りします。
 

 

テレビでさんざん流されてますが、2005年スタンフォード大学の卒業式で行われたジョブズのスピーチ。全文読むとさらに感慨深いです。
ジョブズのスピーチ(翻訳)

『未来を見据えながら点をつなぐ事はできない、過去を振り返って改めて点を結びつける事ができる。だからその点がいつか結びつくと信じなければならない。』
面白いからとただ夢中でMacで遊んでいた私が何時の間にかMacで仕事をしている。無駄な経験なんてないんだと信じなければなりませんね。